ぼやけた世界

 

四年前、多分そうだと思う。自分は息をしていなかった。息が止まっていた。「気が付けば」と言う言葉がふさわしいのか、上手く表現出来ないけど。それと同時に、乳白色の中に自分は居た。今思えば初めて見た色の中に包まれていて、そこで見た光は、眩しくもなく、暗くもなかった。音もなく、とても静かだった。自分の意識はあった。感情なのか、頭の考えなのか、どちらか解らないけど、意識だけはあった。それと意識はあったけど、長い文章を作るように、ことの事態を考えたり、心の中の気持ちを細かく長くうったえるだけの力は残っていなかった。簡単な言葉だけは、思い浮かべられた。きっとわずかなエネルギーが残っていて、最後に簡単なメッセージが言えるように人間は作られているかのもしれない。人の身体を動かしてる最大の力はエネルギーだったんだと、あの時つくづく実感した。肉体と心もエネルギーが切れたら、動かない、働かないんだと思った。それはとても単純なんだ。電池の切れた時計のように。針は時を一秒ごとに刻みながら、そして時を進めて行く。自分の身体も同じで、身体の中の奥深くに走る血液とかなんやらが、全身に流れてるうちは、生きてる証拠だと思った。人間がこの世に産まれて、産声をあげ、誰にも習う事なく、勝手に息を始める。すでに血液は身体中に勝手に流れていて、もちろんエネルギーもすでに蓄えられれていて、生まれて来る。今までこんな事を真剣に深く考えた事など一度もなかった。人間のつくりは、単純なようで、でも単純じゃなくて、複雑なようだけど、私の結論は、やっぱり死ぬ時は「エネルギー切れ」という感じで終わってる。自分の場合は単純だと思った。人間の体は良く出来ている。現代のハイテクな機械よりも凄い。ただ、メンテナンスをしないと、体のあちこちが故障するのは同じだ。(笑)それと、機械は手触りが固く、人間はとても柔らかく、しなやかである。この違いは明らかだ。

息が止まって、心臓が動かなくなっても、自分の感情を表現出来る、ほんのわずかなエネルギーと自分の肉体の感覚を味うほんのわずかなエネルギーは残っていたようで

その時の自分のからだの感覚と感情はこうだった。

 

「今息をしていないんだ、ってことは?、さっきまで苦しくて苦しくて、もがいていたのに…あれっ?さっきまでの苦しみが止まったんだ」

「これはもしかして?」

「さっきまで、身体じゅうに流れていたエネルギーみたいなものは、すでにからっぽだ」

「私の身体の機能は全て止まってる」

「動いてない」

「あっ、自分は今息をしていない!」

            やっと気づく。  呼吸が止まってるから。

その後すぐ、わきあがってきたものは、

        「息が、したい」

                              「また…息がしたい」

 

       息がしたい=いきがしたい=いきたい

                      

                    イコール= 生きたい 

 

 

 

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